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弁慶が腰掛けとして使っていたとか、弁慶が陸奥国衣川で立往生した姿のまま石になったとか、大工の弁慶仁右衛門という人の庭にあった石といういくつかの伝説があります。
『京雀』には、「鞍馬口(現在の烏丸鞍馬口のあたり)に武蔵坊弁慶がいつも腰を掛けて休んでいた石が洪水のときに流され、現在地に流れついた。……また、後に西朱雀の水薬師(現在の下京区西七条石井町にある水薬師寺)の寺内に引取った」とあります。
『山城名勝志』によると「享禄の年(1528〜1532)に、奥州の弁慶石が運ばれてきた」と記されています。 |