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安政2年(1855)10月吉日に河原町大黒組が奉納した高さが2・3mほどの石燈籠で、地輪(基礎)には大黒像が陽刻されています。
この大黒さん、よく見れば鼻とも、口とも、えくぼとものの区別がつきません。
そもそもの経緯というのは、はじめこの辺りに住む博徒が、大黒さんの頭から砂をかけたところ賭事のツキがまわってきたということからはじまったらしく、この光景を見た一般の参詣者までがお金が溜るようにと頭から砂わかけるようになったといいます。ところが、いつしか鼻の穴(えくぼ)に小石を詰めるようになり、鼻の穴(えくぼ)はだんだんと大きくなり、とうとう大黒さんの鼻の穴(えくぼ)はご覧のように口と一緒になってしまいました。
お気の毒な大酷さん。 |