京のミステリースポット No.010
六波羅蜜寺の額
場所: 六波羅蜜寺
レポート: 加納進
ミステリー:

『大鏡』「能書のほまれ」によりますと、

「敦敏の少将の子なり、佐理の大弐、世の手書の上手。任果ててのぼられけるに、伊予の国のまへなる泊りにて、日いみじう荒れ、海のおもて悪しくて、風おそろしう吹きなどするを、少しなほりて出でんとし給へば、また同じやうになりぬ。かくのみしつつ日頃すぐれば、いとあやしくおぼして、物問ひ給へば、「神の御祟り」とのみ言ふに、さるべき事もなし、いかなる事にかとおそれ給ひける夜の夢に見え給ひけるやう、いみじうけだかきさましたる男のおはして、「この、日の荒れて、日頃ここに経給ふは、おのがし侍ることなり。それは、よろづの社に額の懸りたるに、おのがもとにしも無きが悪しければ、懸けんと思ふに、なべての手して書かせんが悪う侍れば、われに書かせ奉らむと思ふによりて、この折ならではいつかはとて、とどめ奉りたるなり」とのたまふに、「誰とか申す」と問ひ申し給へば、「この浦の三島に侍る翁なり」とのたまふに、夢のうちにもいみじうかしこまり申すとおぼすに、おどろき給ひて、また更にもいはず。

さて伊予へわたり給ふに、多くの荒れつる日ともなく、うらうらとなりて、そなたざまに追風吹きて、飛ぶがごとくまうで着きぬ。湯たびたび浴び、いみじく潔斎して清まはりて、日の装束して、やがて神の御前にて書き給ふ。官ども召し出でてうたせなど、よく法のごとくして、帰り給ふに、つゆおそるる事なくて、末々の船にいたるまで平らかにのぼり給ひにき。わがすることを人間のほめあがむるだに興あることにてこそあれ、まして神の御心に、さまでほしく思しけんこそ、いかに御心おごりし給ひけん。また、おほかたこれにぞ、いとど日本第一の御手のおぼえは、この後にとり給へりし。六波羅蜜寺の額も、この大弐の書き給へるなり。されば、この三島の社の額と、この寺のとは同じ御手に侍り。」とあります。

No.010以降は作成中!

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