安倍晴明(あべのせいめい)の邸は、どこにあったのですか?

上京区葭屋町通一条上ル晴明町にある晴明神社のある所と理解される向もありますが、『今昔物語集』や『大鏡』の記述から、上京区新町通(町尻小路)上長者町(土御門大路)の西北にあったと思われます。

『今昔物語集』に、「――この晴明の家は、土御門大路よりは北、西洞院大路よりは東にあった。――」とあります。

また、『大鏡』にも「さて、土御門より東ざまにいていだしまいらせ給ふに、晴明が家の前を渡らせ給へば、みづからの声にて手をおびただしく、はたはたと打つなる。「帝おりさせ給ふと見ゆる天変ありつるが、既になりにけりと見ゆるかな。参りて奏せん。車に装束疾うせよ」(安倍晴明)といふ声を聞かせ給ひけんは、さりともあはれには思し召しけんかし。「かつがつ式神一人内裏に参れ」(安倍晴明)と申しければ、目には見えぬ者の戸を押しあけて、御後をや見参らせけん、「ただ今これより過ぎさせおはしますめり」(式神)といらへけりとかや。その家は、土御門町口なれば御道なりけり。」とあります。

解答者:加納進

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