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中京区堂之前町の六角堂境内にある42センチほどの六角形の石で、中央に約13センチの丸い穴が穿たれています。
伝説によりますと、延暦13年(794年)に平安京を造営した折、六角堂が道路をはばんでいたため本尊に祈りました。するとたちまち紫雲がたなびいたかと思うと、お堂を包み込んで、北に5丈(16メートル)ばかり移動しました。そのために、“へそ石”が残ったのだといいます。江戸時代の『都名所図会』には、門前の道路に“へそ石”が描かれています。この“へそ石”、道路にあっては往来に不都合というので明治10年(1877年)に六角堂の境内に移しました。ところが、参詣人がしばしばつまづいて危ないというので、昭和5年に参道の敷石の間に埋めこまれました。
すると今度は、シンボル的な存在なのに目立たないとか、足で踏みつけるのは良くないという批判が出たので、近年になって本堂前に移されたということです。
“へそ石”要石(かなめいし)ともいいますが、京都の中心というふうに考えられたからとか、平安京の条坊を決める基準の目印であったという説、頂法寺(六角堂)本堂の礎石という説、燈篭 の台石という説、『愚雑俎』「六角堂の街中には、水衡竿が立てられ、水の浅深を計って鐘を撞きて都下に告知らしむなり。その水尺を立てたる礎なりと古老は申し侍りき。」とあり、水位計の水衡竿の軸石という説もあります。
写真:上)六角堂(頂法寺)
下)へそ石
解答者:加納 進
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