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木枯神社は現在、大酒神社に合祀されています。
『広隆寺縁起』によると、乙訓郡(おとくにぐん)より薬師仏を広隆寺に迎えたところ、この薬師像を作った向日明神(むこうみょうじん)が、広隆寺門前の槻(つき)の木に影向(ようごう―仏がある姿となってこの世に現われること)、にわかにその木が枯れてしまいました。そこで神霊を移し祀ったところ、木は再び繁りだしたので古枯明神と称したといいます。
解答者:加納 進
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